近年ビジネス環境で注目を集めている「AI PC」。従来のPCとは何が違い、なぜ企業がこれを導入しようとしているのでしょうか。本記事では、AI専用プロセッサー「NPU」を搭載したAI PCの基本的な定義や特徴、メリットから、ビジネスでの具体的な活用例まで解説します。
AI PCとは? 企業導入のメリットと業務効率化への活用法
AI PCとは?
まずは、AI PCの基本的な仕組みや特徴、そして従来のPCとどのように異なるのかを解説します。
AI PCの定義と基本概念
AI PCとは、AI処理に特化した専用のプロセッサー「NPU(Neural Processing Unit)」を搭載したPCです。従来のCPUやGPUに加えて、このNPUを搭載することで、AIタスクを高速かつ省電力で実行できるのが最大の特徴です。
企業ごとで定義が異なる場合もありますが、たとえばインテル社とMicrosoft社が共同で定めたAI PCの要件は以下の3点です。
- MicrosoftのAIエージェント「Copilot」に対応していること
- キーボードに「Copilotキー」を搭載していること
- 従来のCPUとGPUに加えて、NPUを搭載していること
これらの要件を満たすことで、クラウドに依存せずローカル環境で生成AIなどの高度な処理を高速かつ省電力で処理できる次世代PCとして位置づけられています。
NPU(Neural Processing Unit)の仕組みと性能
AI PCの中核を担う「NPU」は、ニューラルネットワークの計算処理に特化したプロセッサーです。
従来プロセッサーとの性能比較
従来のPCでは、CPUが汎用的な処理を担い、GPUが画像処理や並列計算を得意としてきました。しかし、どちらもAI処理では十数ワット~数十ワットの電力を消費し、バッテリー駆動時間に大きな影響を与えていました。
これに対してNPUは、AI処理に特化した専用設計により、同じ処理を約1/10の電力(数ワット程度)で実行できます。この劇的な省電力化により、モバイル環境でも実用的なAI処理が可能になりました。
性能指標:TOPSとは
NPUの性能は「TOPS(Tera Operations Per Second)」という単位で測定されます。これは1秒間に実行できる演算回数を兆単位で表したもので、数値が大きいほど高性能を意味します。
現在市場に登場しているAI PCのNPUは、40TOPS以上の処理能力を持つものが一般的で、今後さらなる高性能化が期待されています。
従来のPCとの違い
AI PCと従来のPCの最大の違いは、AI処理の実行方法にあります。
従来のPCでAI機能を利用する際は、ほとんどの処理がクラウド上のサーバーで実行されます。つまり、ユーザーがAIに質問や指示を出すと、その内容がインターネット経由でクラウドサーバーに送信され、サーバー側でAI処理が実行された後、結果が再びインターネット経由でユーザーのPCに返される仕組みです。
一方、AI PCではNPUを活用してローカル(PC内部)でAI処理を実行できます。ユーザーの入力から結果の出力まで、すべてPC内で完結するため、クラウドとの通信が不要になります。
この処理方法の違いにより、AI PCには以下のメリットも生まれます。
処理速度の向上
クラウドとの通信時間が不要になるため、AI処理のレスポンスが格段に向上します。特に画像生成や文章作成などの重い処理でも、待ち時間を大幅に短縮できます。
プライバシーとセキュリティの強化
機密情報や個人データをクラウドに送信する必要がないため、情報漏洩のリスクが大幅に軽減されます。企業の機密文書や個人情報を扱う場面では、この点が特に重要になります。
オフライン環境での利用
インターネット接続がない環境や、通信が不安定な場所でもAI機能を活用できます。出張先や移動中でも、安定したAI体験を提供します。
また、NPUがAI処理を専門的に担うことで、CPUやGPUの負荷が軽減されます。これにより、AI機能を使いながら他のアプリケーションを同時実行してもパフォーマンスが維持され、バッテリー消費も抑制できるという副次的なメリットも得られます。
AI PCの主な種類と特徴
現在市場に出回っているAI PCは、搭載されているプロセッサーによって大きく3つに分類できます。
Intel Core Ultra搭載型
インテルの最新プロセッサー「Core Ultra」シリーズを搭載したAI PC。Windows環境と高い互換性を持ち、幅広いビジネスアプリケーションに対応しています。企業導入実績が豊富な点も魅力です。
Intel CPUについては以下のコラムも参考になります。
Intel CPUの世代の特徴と見分け方 - 法人PC調達担当者が知るべき選定ポイント
AMD Ryzen AI搭載型
AMD社の「Ryzen AI」シリーズを搭載したAI PC。電力効率と性能のバランスが良く、コストパフォーマンスに優れています。モバイルワークを重視する企業や、予算を抑えてAI機能を導入したい場合に最適です。
Qualcomm Snapdragon X Elite/Plus搭載型
ARMアーキテクチャベースのプロセッサーを搭載したAI PC。極めて高い電力効率と長時間のバッテリー駆動を実現しています。営業職や現場作業など、移動が多い業務に特に適しています。
業務内容、予算、既存システムとの互換性を考慮して自社に合うPCを選択することが大切です。導入前に専門業者にアドバイスをもらうのも良いでしょう。
AI PCの主要機能
AI PCは従来のPCにはない独自の機能やメリットを持っています。
ローカルAI処理による高速化と省電力性
AI PCの最大の特徴は、NPUによるローカル環境でのAI処理の高速化と省電力性です。 従来のPCではCPUやGPUに大きな負荷がかかり、他のアプリケーションのパフォーマンスが低下していました。しかしAI PCでは専用のNPUがAI処理を担うため、マルチタスク時でも安定したパフォーマンスを維持できます。
また、クラウドへのデータ送信が不要になるため、インターネット接続の品質に左右されず、大量データ処理でも高速で安定したAI処理が可能です。
Copilotなどのインテリジェントアシスタントの活用
AI PCでは「Copilot」に代表されるインテリジェントアシスタントが利用できます。これを活用することで、ビジネス文書やプレゼン資料の作成、情報の要約や検索、スケジュール管理など、多岐にわたる業務をサポートします。
たとえば「顧客ミーティングのための提案資料を作成して」という指示だけで、関連資料や顧客情報を分析した資料の下書きを自動生成できます。
画像・音声処理の強化機能
AI PCではAIを活用した画像・音声処理機能が大幅に強化されています。 たとえばオンライン会議での背景ぼかし・置換、視線補正、自動フレーミングなどの機能をCPU/GPUに負担をかけずに利用できるだけでなく、高度なノイズキャンセリングや会話・テキストのリアルタイム翻訳によるコミュニケーション向上のサポートが可能です。
パーソナライズされた利用体験
AI PCはユーザーの使い方や業務パターンを学習し、省エネ設定やアプリ起動の最適化、効率的な業務フローの提案などを行います。従来の「道具」としてのPCから、「ビジネスパートナー」へと進化し、従業員一人ひとりの生産性向上をサポートします。
セキュリティとプライバシーの向上
AI PCはセキュリティとプライバシーの面でも企業に大きなメリットを提供します。機密データを外部に送信せずにローカルで処理することで、データ漏洩のリスクを大幅に低減できます。
また、ユーザーの通常パターンを学習して不審なログインや動作を検知する異常検知機能や、より高精度な生体認証などのAI活用セキュリティ機能も搭載されています。さらに、AIによる危険なWebサイトやメールの自動検知、機密情報の不適切な共有を防止するリスク予防機能も備えており、総合的なセキュリティソリューションとして機能します。
企業でのAI PC活用例
AI PCはビジネスのさまざまな場面で活用できます。ここでは主要な活用シナリオを紹介します。
ビジネスでの活用例
文書作成・データ分析の効率化
AI PCは会議録の自動生成やプレゼン資料の素案作成、メールの返信文作成などを効率化します。また「売上データから傾向を分析して」といった指示に対し、AIが主要な傾向や洞察を提供し、データドリブンな意思決定をサポートします。
オンラインミーティングの質向上
高度なノイズキャンセリング、背景処理、リアルタイム翻訳などの機能により、とくにグローバルチームのコミュニケーション効率を大幅に向上させます。会議の自動記録や要約機能によって、参加者は議論に集中でき、後から重要なポイントを見返すことも簡単になります。
コンテンツ制作の効率化
マーケティング部門では、ブログ記事の企画から下書き作成、SEO最適化まで、コンテンツ制作プロセス全体を効率化できます。AIが初期案を提供することで、クリエイターはより創造的で付加価値の高い部分に集中できるようになります。
特定業界での活用例
教育・医療・研究分野での活用
教育機関では、学生一人ひとりの理解度に応じて個別最適化された学習体験の提供や、教員の授業準備・成績管理業務の効率化を実現します。医療機関では画像診断支援や患者データの分析により診断精度の向上に貢献し、研究機関では大量データの分析や文献調査の自動化により、研究者がより本質的な研究活動に専念できるようになります。
セキュリティ要件の高い業界での活用
金融や法律など、高いセキュリティが求められる業界では、クラウドに情報を送信せずローカルでAI処理できる特性がとくに有効です。機密情報を扱いながらも、情報漏洩のリスクを最小限に抑えつつAIの恩恵を享受できます。
AI PCの将来展望
AI PCの技術は今後も急速に進化を続け、NPUの処理能力向上、AIモデルの効率化、新たなビジネスアプリケーションの登場が見込まれます。また、「ハイブリッドAI」(ローカル処理とクラウド処理の組み合わせ)の普及によって、企業は効率性とセキュリティを最適なバランスで両立できるようになります。リアルタイム多言語通訳や顧客行動の瞬時予測など、これまで専門家が時間をかけて行っていた作業が誰でも短時間で処理できるようになり、企業のデジタルトランスフォーメーションがさらに加速することが期待されます。
まとめ
AI PCは、NPUによる高速・省電力なローカルAI処理を実現し、セキュリティや業務効率の面で企業にもたらす価値が大きく注目されています。文書作成や会議支援、データ分析など、多岐にわたる業務での活用が進み、教育・医療・金融といった専門分野でも導入が広がりつつあります。
今後は処理性能のさらなる進化やハイブリッドAIの普及により、ビジネスのあり方が大きく変わる可能性もあります。あなたの職場でも、 AI PCの導入を検討してみてはいかがでしょうか。
※ 本記事は、2025年6月時点の情報をもとに作成しています。Microsoft社・インテル社の方針によっては、変更が生じる場合があります。